JR長野駅から車で約20分、千曲川と犀川に挟まれた善光寺平の一角に、銀色に輝く巨大なUFOのような建物がある。長野市真島総合スポーツアリーナ、通称「ホワイトリング」である。
ホワイトリングは1998年の長野オリンピックの会場として建設され、フィギュアスケートやショートトラックスピードスケートの試合がここで行われた。オリンピック開催後は改修されて市民体育館となり、メインアリーナでは様々なスポーツイベントが開催されてきた。2019年からは、Bリーグ・信州ブレイブウォリアーズのホームアリーナとしても使われている。
ホワイトリングの外観
出所:ホワイトリングウェブサイト
メインアリーナでのBリーグ試合の模様
出所:NAGANO SPIRIT
このホワイトリングでは、総務省の2023年度地域デジタル基盤活用推進事業(補助事業)の採択を受けて館内にローカル5Gを導入した。基本的なアプリケーションは2024年度から実運用に移行しており、現在もさらに新たな活用に向けた実証が進められている。
ホワイトリングへのローカル5G導入で、どのような導入効果があったのか、また、今後どのようにローカル5Gの活用を広げていくのか。一連の取組みを進めている株式会社NAGANO SPIRITの渡辺智之氏と、長野市スポーツスポーツ課の金沢敦氏にお話しをうかがった。
Bリーグ試合開催時のサービスレベルを劇的に改善
「現在、ホワイトリングの高機能化とローカル5Gの導入を同時並行で進めています。これらの背景として、信州ブレイブウォリアーズのBプレミア参入があります」と渡辺氏は言う。
Bプレミアでは、参加チームのホームアリーナについて客席数や各種施設整備に関する要件が定められている。信州ブレイブウォリアーズは既にBプレミア参入が決まっているのだが、2028年までにこのアリーナ要件を満たす必要がある。
「Bプレミアのアリーナ要件には、アリーナのICT環境整備が入っていて、通信環境の利用者満足度を上げることが必須となっています。」(渡辺氏)
株式会社NAGANO SPIRIT 渡辺智之氏
では、これまでホワイトリングの通信環境にはどのような課題があったのか。
「Bリーグの試合には数千人の観客が集まるわけですが、そうすると試合開催時には通信環境が不安定になることがありました。以前は、運営側・観客側で同じモバイルキャリア回線を使っていたので、観客が一斉に通信すると、運営側の回線でも通信が滞ってしまっていたのです。」(渡辺氏)
運営側は様々な用途で通信を利用する。館内では様々なサービス端末が回線につながっているが、その通信が滞ると、例えばチケット販売やグッズ販売の決済が止まってしまい、通信が回復するまでとにかく待ってもらうしかない状態だったという。この問題を解決し、観客向けサービスの質を向上させることが、ローカル5G導入の第一の目標になった。
2023年、長野市と株式会社NAGANO SPIRITは、日本無線、エクシオグループとコンソーシアムを組み、前述の「地域デジタル基盤活用推進事業(補助事業)」を活用してホワイトリングへのローカル5G導入に取り組んだ。取材した2024年秋の時点では、ローカル5G通信を使ってモバイルチケッティングやグッズ販売、飲食提供に使う業務用端末をつなぎ、サービス提供していた。
ホワイトリングにおけるローカル5Gの活用
出所:NAGANO SPIRIT
ローカル5Gの導入によって、前述の課題は解決できたのだろうか。
「ローカル5Gは運営側のサービス専用回線として使っています。ローカル5G導入によって通信状況は格段に安定し、サービスの処理が止まったりお客様をお待たせしたりする状態は完全に解消されました。特に、試合直前の、観客の入館が集中する時間帯に来場されたお客様には、サービスレベルの向上を感じてもらえていると思います。」(渡辺氏)
サービスレベルと観客満足度の向上に目に見える成果があったということだが、渡辺氏によると、ローカル5G導入の効果はそれだけではない。
「業務の効率化という面でも、導入効果が非常に大きいと感じています。おそらく、一番メリットを感じているのは、チケット対応をしているスタッフでしょう。以前は、混雑してくる時間帯に限って『繋がらない、繋がらない』となって対応に追われていたのが解消されましたから。」
ホワイトリングへのローカル5G導入は、スポーツ興行ビジネスの生産性向上という成果をもたらしたようだ。
歩みを止めることなく次の展開へ
大きな成果を上げたローカル5Gだが、ホワイトリングでは既に次の段階の取組みが始まっている。ローカル5G活用の第2段階として実証が進められているのは、Bリーグの試合で使用する各種設備の無線化と映像提供である。
「Bリーグの試合ではゲームクロックや得点版、専用の照明設備等を使いますが、これらの機材はこれまで有線接続でした。この通信をローカル5Gに移して、設備を正しく動かせるかを実証していきます。」(渡辺氏)
Bリーグの試合はショーアップされており、照明による演出が重要である。ホワイトリングは長野市の施設なので、NAGANO SPIRITはブレイブ・ウォリアーズの試合の都度アリーナを借り、必要な機材を持ち込み、それらをケーブルでつなぐ準備作業が必要だった。これらの機材をローカル5Gで無線接続できるようになれば、準備作業が大幅に短縮できるだけでなく、照明装置の設置場所の自由度も高まり、会場運営で大きなメリットがあるという。
「無線化によって業務の効率化だけでなく運営の自由度も高くなり、そのメリットはとても大きいとみています。観客の動線上にケーブルを引くこともなくなるので、これもメリットになります。ただ、実際の試合中にこれらの機材でトラブルがあると取り返しがつかないので、導入は慎重に進める必要があります。すぐに実現できなくても、実証を通じてステップバイステップで進めていきたい。」(渡辺氏)
もう一つ取り組もうとしているのが、ローカル5Gを介した会場内での映像配信である。まず考えられるのは、メインアリーナ内の大型ビジョンへの映像伝送だが、想定しているのはそれだけではない。
「少し先になるかもしれませんが、試合の映像をリアルタイムにアリーナの外にも出せるようにしたいと考えています。ブレイブウォリアーズの観客はファミリー層が多くて、子供を抱っこしたりおんぶしたりしながら試合観戦する人も多い。子供をあやすために試合途中でアリーナから通路に出る人もいます。だから、そこでも試合を見られるしかけを作りたい。施設内のどこにいても、子供をあやしながらでもリアルタイムに試合を見られるようにできればとよいと思っています。」
渡辺氏の言葉からは、とことん観客のニーズに寄り添い、観客目線でローカル5Gを役立てていくという姿勢が感じられた。
ローカル5Gを活用した防災機能の強化
Bリーグの試合会場としてのホワイトリングでは、ローカル5Gが大きな導入効果をもたらしていることをうかがった。では、ホワイトリングの所有者であり、NAGANO SPIRITと協力してローカル5G導入を進めている長野市は、ローカル5Gに何を期待しているのだろうか。
「行政としては、ローカル5Gのメリットを市民にどう還元していくかが大事になります。もちろん、ブレイブウォリアーズの試合の時にはサービスレベルの向上という還元がありますが、試合があるのは年間で30日程度なので、残りの330日でどのように還元していくかが我々に課せられた課題だと思っています。」そう語るのは、長野市スポーツ部スポーツ課でホワイトリングの高機能化を担当する金沢敦氏である。
長野市スポーツ部スポーツ課 金沢敦氏
冒頭に紹介したように、ホワイトリングは長野市の市民体育館となっているのだが、金沢氏によれば、その稼働率はかなり高いという。
「スポーツ団体が大会を開いたり、他にも様々な大会があったりと、ホワイトリングは普段から稼働率が高い施設になっています。今後は、高機能化と併せて、高機能化した設備をどのように市民に提供し還元していくかがテーマになります。」(金沢氏)
様々な活用がイメージされるところだが、現在、長野市とNAGANO SPIRITが連携して進めているのが、ホワイトリングの防災機能の強化である。ここでも、ローカル5Gは重要な要素になるという。
「ホワイトリングは、災害時に人や物が集まる拠点になることが予想されます。仮にそうなったとしても、運営側がローカル5Gを活用して対応することで、よりスムーズな情報の伝達や、人や物資の拠点としての円滑な運営が実現できると考えています。試合の時には4000人の観客が入った状態で運営しているので、万が一の災害時にもその経験が生かせるはずです。」(渡辺氏)
災害時には、往々にしてキャリア回線がつながりにくくなるが、施設運営側がローカル5G回線でつながっていれば、そうした影響を受けにくくなる。運営側のスタッフはローカル5Gを活用して迅速な情報の共有や伝達ができ、入手した正確な情報をリアルタイムに避難者に伝えることも可能になる。ローカル5Gを活用した、災害時の避難所運営のスマート化と言えるだろう。
金沢氏も、災害時のローカル5G活用に大いに期待しているという。
「ローカル5Gが災害時に強いというのは、長野市が期待している最大の特長です。ホワイトリングでの実証を通じてそうした機能が確認できれば、市内には他にも大規模施設がいくつかあるので、それらにもローカル5Gを展開して、全体として災害に強いまちづくりにつなげていきたい。」(金沢氏)
長野市内には、ビッグハット、エムウェーブ、オリンピックスタジアムなど、長野オリンピックのレガシーでもある大規模施設が複数ある。これらは災害時には市民の避難場所となるが、そこにローカル5Gを導入し、これらの施設を結ぶ情報ネットワークを構築できれば、円滑な避難所運営に役立つだけでなく、それぞれの施設が避難者に正確な情報を提供する情報拠点としても機能することが期待できる。ホワイトリングでのローカル5G導入と活用の取組みは、こうしたレジリエントな地域づくりへの第一歩でもあるようだ。
もっと地域とつながり、地域に貢献する拠点施設へ
ローカル5Gを活用したホワイトリングの高機能化の取組みは、歩みを止めることなく今も続いているのだが、その展開の先に、どのような将来像を描いているのだろうか。
渡辺氏が考えているのは、映像提供の拡張だという。
「ブレイブウォリアーズとしては、もちろん試合が一番の売り物なのですが、試合以外の映像、例えば控え室での選手のリラックスした様子とか、そこでのちょっとした会話なども見せていきたい。これは普通は観客からは見えない裏側なので、ファンにとっても魅力的なはずです。会場内の特別なコンテンツとして配信したり、あるいは会場の外に発信して、チームに興味を持ってもらうきっかけにしたい。」
スタッフ、あるいは選手自らが、ローカル5Gという高速専用回線につながったカメラを使ってこうした映像を発信する。チームと観客の、さらには会場の外の市民との、新しい関係づくりができると渡辺氏は期待する。
「ローカル5Gが入ったことで、今後はホワイトリングから発信できる情報がかなり変わってくる可能性があります。ブレイブウォリアーズの選手の映像は、今はスタッフが撮影してSNSに上げたりしていますが、今後はよりリアルに、その場その場で映像を発信するスタイルになっていくでしょう。バスケットの試合以外の映像を我々自身で発信できれば、『このようなこともやっています』ということをすごくリアルに知ってもらえるようになる。スポーツでまちを活性化させることが我々の目標なので、こういう発信はとても重要です。段階を踏んで実現していきたい。」(渡辺氏)
渡辺智之氏(左)と金沢敦氏(右)
施設運営やサービスのスマート化にとどまらず、地域との新たな関係づくり、そして地域の活性化や強靭化にもつなげようとするホワイトリングでのローカル5G活用の取組みに、今後も注視していきたい。
*本記事は、総務省請負事業の一部として作成しました。